出願から合格発表まで完全オンライン化〜岐阜県が教育DXで実現した「年間35,000時間」の時間創造とは〜
💡 この記事のポイント
岐阜県が全国に先駆けて高校入試の「フル・デジタル化」を実現
年間35,000時間(約1.5億円相当)の業務削減効果
高校教職員から「入試改革ありがとう!」の声が続出
「毎年この時期になると、胃が痛くなるんです」
ある高校の教職員がそう漏らしたのは、入試シーズン真っ只中のことでした。紙の願書を一枚一枚確認し、手作業でデータを入力し、受検票を郵送する。その一連の作業で、ミスは絶対に許されない。全国では毎年のように出願ミスがニュースになり、その重圧は想像以上のものでした。
この「当たり前」を変えたのが、岐阜県の教育DXプロジェクトです。
紙書類と手作業に追われる教職員たちの現実
岐阜県では毎年約13,000人の中学生が公立高校を受験します。その出願手続きを支えるのは、約1,190人の中学校・高校の教職員たち。
従来の入試業務は、まさに「紙の山」との格闘でした。
中学校側では、生徒から集めた紙の願書を一枚ずつチェックし、内容を確認し、高校ごとに仕分けして持参または郵送。高校側では、届いた紙の書類を見ながらデータを手入力し、受検票を作成して郵送。合格発表の日には、校門に掲示板を設置し、保護者と生徒が並んで確認する光景が繰り返されてきました。
⚠️ 見過ごされてきた課題
中学校の校務支援データ、高校入試のデータ、高等学校の校務支援データは、すべて出願者の情報で紐づけられるにもかかわらず、バラバラに存在していた
「課題を認知していても、具体的なデジタル技術に精通した人材が上手く関われなかった」と、岐阜県清流の国推進部デジタル推進局の阿部修二副局長は振り返ります。
「中途半端なデジタル化では改革にならない」
転機となったのは、令和5年6月の文部科学省からの通知でした。高校入試のデジタル化を推進するよう求める内容です。
しかし岐阜県は、単なる「出願のオンライン化」で終わらせませんでした。
「中途半端なデジタル化では改革にならない。考えられる限りのことを全てやる信念で取り組んだ」
こう語るのは、県教育委員会高校教育課でWEB出願導入を担当した石原康秀教育主管です。
岐阜県が目指したのは、出願から受検票ダウンロード、得点集計、合否確認、さらには高等学校の校務支援システムへのデータ連携まで、すべてをつなぐ「フル・デジタル化」でした。デジタル庁の定義で言えば「デジタル3.0」、つまり高校入試DXの最高水準です。
岐阜県独自の複雑なルールにも対応
システム開発で大きな壁となったのは、岐阜県特有の「併願ルール」でした。全日制・定時制における第1・2・3志望の同時出願が可能で、その組み合わせパターンは約2,000通りにも及びます。
既存のパッケージシステムでは、このルールに対応できません。
通常、パッケージのカスタマイズは品質低下やコスト増のリスクを伴います。しかし教育委員会チームは、高校入試の手続きが「バケツリレー」のようなシンプルな業務フローであることに着目。カスタマイズの影響は局所化できると判断し、岐阜県の業務要件に合わせた独自開発に踏み切りました。
具体的に追加された機能は以下の4つです。
- 中学校の校務支援システムと調査書などのデータ連携機能
- 学力検査得点の確認機能
- 出願確定後の受検料支払い機能
- 受検票発行機能
約12,000人が参加した「出願体験」という挑戦
システム構築で特筆すべきは、本番前に実施された大規模な「出願体験」です。
実際に出願予定の生徒・保護者、そして教職員など約12,000人、実に対象者の約9割が参加しました。
「出願体験などにより、具体的にどのようにすればよいのかをイメージできたことが大変ありがたく、家庭も学校も緊張感を持ちつつも安心して本番を迎えることができた」
中学校教職員
この出願体験には、もう一つの目的がありました。システムの利用ピーク時における画面レスポンスやサーバーリソースの検証です。実際の利用者が操作することで、想定外の負荷や問題点を事前に洗い出すことができました。
年間35,000時間の「時間創造」
令和6年1月、いよいよWEB出願システムが本番稼働を迎えました。
結果は、導入初年度にもかかわらず「大きなトラブルなし」。ヘルプデスクへの問い合わせ730件のうち、1時間以内に回答できた割合は89.2%に達しました。
そして何より注目すべきは、その導入効果です。
定量効果:年間35,000時間の業務削減
| 削減された業務 | 効果 |
|---|---|
| 願書データの手入力 | 廃止 |
| 紙書類の仕分け・郵送 | 廃止 |
| 受検票の作成・郵送 | 自動化 |
| 合格発表の掲示準備 | 廃止 |
| 得点開示の窓口対応 | 大幅削減 |
この35,000時間を費用に換算すると、年間約1.5億円。5年間で約7.5億円の削減効果となります。
高等学校は「全校」が肯定的評価
本番運用終了後のアンケートでは、高等学校は全校から業務削減に対して肯定的な回答が寄せられました。
「入試改革ありがとう!」現場から上がった感謝の声
数字以上に印象的なのは、現場からの声です。
高校教職員からの声
「高校現場での大幅な業務量とストレスの削減になった。本校の先生方からは、『入試改革有難う!!』の声が沢山飛び交っていました」
「非常にスムーズな運用がなされ、選抜業務の負担軽減のみならず、入学検査の受検番号に欠番がないことなど、ミスの未然防止にもつながる部分もあり、近年の事務的改善において最も効果を感じている」
中学校教職員からの声
「中学校の進路事務に係る作業及び心理的な負担が軽減され大変ありがたかった」
「中学校の校務支援システムとの連携も含めたデジタル化により、事務的なミスが起こる可能性がかなり低くなったと思う。とても分かりやすいシステムだった」
保護者からの声
「最もありがたいと感じたことは、『合格発表』の確認がこのシステム上でできたこと。スマホですぐにつながり合否を確認できた。その後、説明会に間に合うように学校に出向けた」
「上の子供の時(紙での出願)と比べて、格段に楽になった。受検料のWEB決済システムがとても良かった。コンビニでもOKだったので、これまでのように『収入証紙』を購入しにいく手間がなく、公共料金の支払いの感覚でできて便利だった」
「誰一人取り残されない」デジタル社会を目指して
特に心に響いたのは、ある保護者からのメッセージです。
「残念ながら不合格になりました。合格で喜んでいる子の中で自分の子供の悲しむ顔を見なくて正直ほっとした。自分の子が悔しさをバネにできるかなど、いろいろ考えてしまったから。そんな中で学力検査の得点を見て本人の納得性が高まったように感じ取ることができたのは良かった。誰一人取り残されないデジタル社会というのは、今回のような本人の選択が自然とできるやさしい社会であって欲しいと思う。いろいろ考えて対応くださり心から感謝している」
このシステムは、単なる業務効率化ツールではありません。合否という人生の大きな分岐点で、本人が自分のペースで、自分の場所で、結果と向き合える環境を作り出したのです。
成功の鍵は「現場を知る人」と「技術を知る人」の協働
岐阜県の教育委員会チームには、システム構築の経験者がいませんでした。しかし、メンバーの多くが高等学校の教職員経験者だったことが、逆に強みとなりました。
現場の痛みを知っているからこそ、「考えられる限りの効率化」を徹底できた。そして、技術面ではぎふDX支援センターが伴走支援を行い、調達仕様書の作成からプロジェクト管理まで、専門知識を補完しました。
阿部副局長はこう語ります。
「業務に精通し、高い熱意をもって改善に取り組むチームへ、デジタル技術や調達ルールなどの知識を補完する有識者がプロジェクトに加わり一枚岩となって対応する伴走型のプロジェクト運営は成功につながる一つのDX推進スタイル」
他の自治体・教育機関への示唆
岐阜県の事例は、教育DXを検討する他の自治体にとって、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。
成功のポイント
- 「フル・デジタル化」への覚悟:部分的なデジタル化ではなく、エンド・ツー・エンドでの一貫したデジタル化を目指す
- 大規模な事前検証:約9割の関係者が参加する出願体験で、運用面・システム面の両方を検証
- 現場経験者によるプロジェクト推進:業務を熟知したメンバーが主導し、技術者が伴走支援
- 既存パッケージの柔軟なカスタマイズ:地域特有のルールにも対応できる設計
導入にあたっての留意点
一方で、課題も見えてきました。中学校側では、校務支援システムに不慣れな学校や、外国につながる生徒への対応(多言語マニュアルの準備など)で、一部業務が増えたケースもありました。今後の改善ポイントとして認識されています。
まとめ:デジタル化の本質は「人の時間を取り戻すこと」
岐阜県の高校入試DXは、年間35,000時間という膨大な時間を教職員に返しました。
しかし、その本質的な価値は数字だけでは測れません。
✅ この事例が示すこと
教職員が「本業」である教育に集中できる時間が生まれた
入試ミスへの不安とストレスから解放された
生徒と保護者が自分のペースで結果と向き合える環境が実現した
「県民の利便性向上と我々職員の効率化、言い換えるとWin-Winとなる取組みを優先的に行うことを心掛け、かつデジタル化のメリットを体感いただく取り組みを重ねていくという姿勢を続けることで、県民の方にも理解いただける、豊かに、安心に、便利な地域を目指して常に成長していく岐阜県でありたい」
阿部副局長の言葉には、DXの本質が凝縮されています。
デジタル化は、人の時間を奪うものではなく、人の時間を取り戻すためのもの。岐阜県の挑戦は、その理念を見事に体現しています。
参考資料・根拠URL:
岐阜県の取り組みに関する公式情報:
- 高等学校入試DXと教職員の働き方改革への取り組み | 自治体通信Online
- 自治体DX成功事例(教職員の働き方改革)| 行政情報システム研究所
- 入学者選抜 | 岐阜県公式ホームページ
- 岐阜県公立高ウェブ出願システム、トラブルなし | 岐阜新聞Web
国の動向に関する情報:
「うちの自治体でも同じような業務改革ができるだろうか?」
教育DXに限らず、行政のデジタル化には「現場を知る人」と「技術を知る人」の協働が不可欠です。岐阜県の事例が示すように、課題を認識していても適切な技術パートナーがいなければ、改革は進みません。
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